東京都 台東区の税理士 清水和男税理士事務所

最新経営お役立ち情報お役立ち情報一覧へ

不利経済学者につづり方教室を―借方と貸方の理由

先日(2019.8.29)の日経新聞朝刊に「経済学者につづり方教室を」と題するコラム「大機小機」が載った。その中で、「期待成長率」は「予想成長率」と翻訳すべきではないか、とか、「増税効果」等「○○効果」の「効果」は、本来良い結果を生むものに使うのではないか、とか、「雇用者」や「保険者」はする側か、される側か混乱するなど、経済学者に国語の勉強を勧めている。ネタに窮したのか。

なぜ借方に貸付金で、貸方に借入金?

加えて「貸借対照表」という用語は、「貸し借り」のみを示すような印象を与えるのでこの訳語は最適だったのか。しかも「借方」が左側で、「貸方」が右側。しかし貸付金は借方に、借入金は貸方にある。頭がクラクラすると、指摘している。

しかし、前者は「経済学者の自己満足」かどうかは別として、翻訳の問題かもしれない。しかし、「借方」「貸方」は、翻訳の問題ではなく、実際に「借方」を意味する英単語のdebitは、「銀行口座からの引落し」の意味もあり、debtorは、「債務者、負債者」の意味。「貸方」のcreditは、「貸付金」の意味もあり、creditorは「債権者、金の貸主」の意味がある。

ちなみに、SF映画のプレデターは、predatorで「捕食者」の意。「~を捕食する」という意味のpredateの語源は何だろうか。「債権者」と「捕食者」、似ているような、違うような。

閑話休題。なぜ、借りている側(借方)に、貸付金などの資産項目が配置され、貸している側(貸方)に、借入金などの負債項目が配置されているのか。

会計責任(アカウンタビリティ)の本質

この由来は、13世紀から14世紀のイタリアの複式簿記にまで、さかのぼるという。ジェィコブ・ソールの『帳簿の世界史』に、中世イタリアの商人は、仲間で資金を出し合って貿易を行う共同出資方式を採用しており、そのために各人の持ち分や利益を計算する必要があったとある。また古い本だが、1960年3月出版の『基本簿記概論』(春秋社)には、商人は何よりも他人との貸借関係を記録しておく必要があった。このため、勘定はまず人名勘定として起こったという。例えば、出資者甲からの出資をページの上段に、その運用結果をページの下段に(もしくはその逆)に、あるいは一冊の帳簿の前半と後半とに分けて記録する。やがて、帳簿の左ページと右ページに対照させ、さらにこれを同一ページに、T字形に左右に表すようになったそうだ。「『だれそれはわれに・・・を与えるであろう』『だれそれは・・・を持つであろう』という表現から、勘定の左側が『与えるべし』di dare、右側が『受取るべし』di averi、となりこれが転じて『借方』『貸方』という用語を生むにいたった」(『基本簿記論』)。ここで、「貸借を当店(記帳者)主体で考えないで勘定名の相手方人名主体で考えているということである。」借方は相手方が当店に対して借りとなっているということで、貸方は相手方が当店に対して貸しとなっているということらしい。しかし、なぜ借方が左で、貸方が右なのか、たまたま歴史的にそうなっただけとしか言えない。

いずれにせよ、簿記や会計の目的は本来、他人のための報告のであるということに、会計責任(アカウンタビリティ)の本質が見て取れる。